言葉をつむぐということ

きちんと学んできた人からしたらわたしの言葉なんてペラペラとしたようなもんだろう、といつも思っていた。思っていたからあまりブログを書いて見せるのは苦手なのだけど、「あなたの紡ぐ言葉や文が好きです。つづきが知りたくなるんです。心に響くんです。」というような嬉しい言葉を貰うようになって10年以上が経った。

たしかはじめて日記を書いてネット上に公開したのは11歳のときだ。小学5年生か6年生だったと思う。

まだブログというものが無かった時代に、htmlというものcssというものを夜な夜な勉強し、メモ帳に打って時間を見計らってはインターネットにつなげてアップロードをしていた。

まだインターネット繋ぎ放題なんて文化がなかったからちょっと繋げるだけでお金がかかったのを覚えている。

あれからもう10年以上が経ったというのにあの頃と変わらずわたしはインターネットの海に向かって言葉をぽつりぽつりと落としている。

前日は「Twitterをはじめて10周年です!」なんていう通知がわたしのTwitterの通知欄に届いた。

時の流れは残酷だ。はやく大人になりたいと思いながら海に投げていたわたしは、10年前からやり直したいな、と思いながらインターネットの海に言葉を投げるようになった。なんだかよくわからないけど、たぶんこれが大人になったということなんだろうな、なんてぼんやり考える。

とはいえ、わたしは10年前に戻りたいとは思わない。書くことも難しいくらい息苦しい10代だったから。だから、少しだけ「やり直したい」という気持ちは正直、ある。

でもやり直したらきっとわたしは夢を叶えることはできなかっただろうな、とも思う。偶然に偶然が重なっていまここにいるのだから。

Facebookから流れてくる会社員の友達たちは先輩・後輩と楽しそうに笑う姿が、たまにまぶしくてたまらなくなる。おもわず目をぎゅっと瞑る。こういうとき、もっと人と接点のある仕事をしていたら人生どうだったのだろう、と考えることもある。でも他人には「自由でいいね、気楽そうだね」と言われることが多い。隣の芝生は青く見えるとよく言うし、これこそ”ないものねだり”なんだろう。

そういえば人から褒めてもらうことなんてめっきりなくなったなぁ、なんて思っていたときに、冒頭の言葉をいただいた。

だから、言葉を紡ぐことをひさびさに再開してみようかな。そう思い立ったのだ。




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2017-09-17